予想外に長くなりました。
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【誼(よしみ)】
珍しい光景だと思う。
8畳ほどの広さの部屋に4人の人間が居るというのに、会話は全くの皆無。
けれどそこに流れるのは決して険悪な空気ではなく、穏やかとしか表現できないものだからまた不思議だ。
「(確かこの部屋は、ヅラに宛てがわれちょるはずじゃが…)」
部屋の主である桂は、座卓に向かって黙々と筆を動かしてる。
物資の調達先に心付けの一つでも送るのだろう。
交渉へ出向いたのは自分だ。そして幸先のいい結果を報告しに、この部屋へやって来たはずだった。
ちら、と顔を上げて真正面に座る銀時を窺う。
赤い視線は将棋盤に固定したまま、次の一手を考えている姿は先程と変わらない。
目的の場所には、先客がいた。
真面目な顔をした桂の傍らで、銀時と高杉が将棋を指していたのだ。
正直、意外だと思った。
銀時が将棋を指せることはもちろん、自分に用のない2人の在室を許している桂のことも。
何より高杉の纏う雰囲気が、普段とは比べものにならないほど柔らかい。
「(おまんらにとっては、こげん様子は当たり前がか)」
3人は幼馴染みだときいている。共有した時間の長さは敵うべくもない。
羨ましいと思う。と同時に、今その輪の中へ立ち入ろうとしている己の存在も迎え入れてくれれば、と願う。
「坂本。ぼけっと突っ立てるんなら、代われ。こいつだと手が読めすぎて面白くねぇ」
「んだよ。相手しろっつたのはテメーだろ」
「飽きた」
「勝手な奴だな」
さらに文句を重ねる銀時から距離を置くように高杉は立ち上がり、自分が入って来たのとは反対側の障子へと移動する。
片手には懐から取り出した書物。
将棋の相手を譲っても、部屋から出る気はないらしい。
「わしは…」
すでに決定事項なのは別に構わないが、その前に用があるからここへ来たわけで…
「さっさとヅラへ報告しやがれ」
手にした書類へと高杉の剣呑な一瞥が投げられる。
その横で「ヅラではない、桂だ」といつもの訂正がすかさず入る。
全てお見通しらしい。
「わかったぜよ」
思わず笑みが零れた。
将棋盤を睨んでいた銀時の指がすっ、と動く。
高杉から引き継いだ一局は詰み間近で、銀時の負けは明白だった。
だけど、銀時は決して降参しない。
「(戦場と同じじゃ。最後まで諦めずに攻めて、敵のアタマ取ろうとしちょる)」
死んだ魚の目と評されるそれは常と変わらず。
今は棋局を見つめる瞳の奥に映るのは……
「銀時」
沈黙は突然に破られた。高杉の声だ。
文字を追っていたはずの切れ長の目が、ひたと銀時に向けられる。
「眠いなら布団へいけ」
つい先までの真剣さはどこへ消えたのか、銀時は両の瞼を重そうに瞬かせていた。
本人には失礼だが、結構な時間頭を使っていたのだから当然の成り行きだ。
「でも…」
まだ終わってない、と銀色の頭を横に振る。
「次の手は見えたのか」
再び否定の意で振られる頭。
「実戦と違って、こいつは負け戦になっても死ぬことはねぇ。どうしたら死なせずに済むか、一晩寝てから考えたって遅くはねぇだろ」
淡々と言い切る言葉には、まちがいなく優しさが込められていて。
「(素直じゃないのぉ)」
対する相手は、ぼんやりしたまま「そうだな」とやけに素直に応じ、寝床を求めて部屋を出て行った。
果たして伝わっているのかどうか。
高杉のことだ。わかっていてのこの言葉、タイミングだろう。
「策士め」
同じことを思ったらしい桂がぽつりと漏らす。
「今夜は冷えるからな。湯たんぽ代わりか」
「悪いかよ」
「変わらんな、お前たちは」
桂が呆れた溜め息を返す。
つまりは、そういうことで。
朝起こしに行った先にて、同じ布団で熟睡する白と黒の2人に遭遇したことが今までにも何度かある。
「(…げにまっこと)」
仲の良いことだ。
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3人揃ってるのが自然なことだと暗に見せつけられた坂本も
ちゃんと輪の中にいるよ、という話。
……にしたつもり。
土佐弁に関しては見逃してください。
無理なのでもう諦めたよ。
そしてどうして将棋を出したのか…。(やったことない)
付け焼き刃で基本ルールだけ確認しました。
次の原稿のために、
ネタノートを4冊ぐらい遡って断片的メモを順に探してたら
日の目を見てない小ネタが幾つも出てきまして…
(夏の原稿の前にも「どうにかしたい」とか言っておいて、ずっと放置だよ!)
だけど、今日のはストックされていたネタではない。
ふと思いついただけ。
肝心のメモも見つかったんですけど、
ゴール見えないな…と遠い目をしました。
例えるなら戦場で粉塵の舞う中、どこかで刀を振るっている白夜叉の姿を探すようなもの。
もう少し畦道を転がらないと、1本の道は見えてこないらしいです。