なんか閃いて。出来た。
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【逢瀬】
三味線を爪弾く音色が響く。
老舗旅館の離れ座敷。
部屋の障子を開け放った縁側の先には、手入れの行き届いた庭が広がっているのだろう。
石灯籠にともされた火が幻想的に揺らいでいる。
昼には春一番が吹いた暖かな陽気だったが、夜はさすがに冷え込み身体が震えた。
「で、いつまで待たせんの?」
曲の途切れた頃を見計らい、視界の隅で演奏していたサングラスの人物に問う。
「あんま遅くなると、うちのガキどもに飲みに行ったと誤解されるんだけど」
帰っていいか?と言外に含ませる。
「直に来る。どうせ飲むことに変わりはないでござろう」
読めない表情と同じように、淡々とした声音で返してきた。
「希望があれば先に用意しておくが?」
「…熱燗で」
待つ以外に選択肢はなさそうだ。
大きく伸びをして、そのまま畳の上に仰向けで寝転ぶ。
こうして呼び出されては顔を会わすのも珍しくなかった。
一応は敵対してるはずなのだが、そこはお互い気にせず過ごす。
不思議と穏やかで緩やかに流れる時間は正直、手放し難く。
たぶんあいつも同じなのだろう。
でなければ、何度も呼びはしないし、こちらも招きに応じはしない。
ただ、こんな風に待たされるのは初めてのことだった。
よほどの急用か。
「!」
ひんやりとした風にのせて、わずかに鉄錆の匂いがする。
「あー、万斉くん」
気怠く身体を起こしながら、部屋から出て行こうとしたヘッドホン野郎を呼び止める。
「酒と一緒に救急箱追加で。あと湯も」
よろしく、と片手を上げる。
「承知したでござる」
全てを察した一言を残して、遠のく足音。
よく出来た部下だこと。
背にした庭から現れた気配に意識を傾ける。
足の運びはいつもと変わらない。
「腕?」
「左だ。たいしたことねぇよ」
振り返ると、闇の中に鮮やかな蝶柄の着物を纏う男が立っていた。
夜に混ざりあった漆黒の髪から鋭い瞳が覗く。
「狗がしつこくてな」
傍らに刀を置いて、向かい合うように腰を下ろしてくる。
「どうせおまえから手出ししたんだろーが」
「気になるか?」
真選組が。
真っ直ぐ見つめながら、にやりと口の端を上げてみせる。
「…………」
意地の悪い奴だ。そっと視線を逸らす。
「ズルい奴さ、てめーは」
言葉とは裏腹に、ひどく楽しそうな笑みを浮かべる。
伸ばされた両腕に捕まった。
「えらく機嫌いーじゃん」
肩口に顎をのせて、身体を預ける。
「いつまでも待ってる馬鹿が居たからな」
指先がやさしく髪を梳いていく。
「ああも見張られてちゃ、帰るに帰れねぇよ」
おまけにリサイタル披露だぞ。
「奴はおまえのことを気に入ってるからなぁ」
「どこが」
「相変わらず鈍いな。そうやって誰彼かまわず誑かすんだ、てめーは」
本当にズルい奴。
やはり楽しそうに笑って、髪をくしゃくしゃと掻き回す。
その手つきもやはりやさしくて。
だから。
「……腕だせよ。手当てすっから」
抱き締め返すように回した片腕で、やさしく背中を叩いてやった。